チェロリンが運んだ薪、そしてごめんねリマ

今からおよそ半世紀前の、私が小学5年生だったある日、母がどこからか、ある柴犬をもらってきました。メスで、名前はリマといいます。大昔のド田舎のことですから、家の中で飼う、という発想はありません。当然、庭で飼います。そして、当然すぐに赤ちゃんができます(私が小さい頃は野良犬というものがその辺を闊歩していました)。リマは庭の犬小屋の中で誰の手も煩わすことなく、二頭の赤ちゃんを産みました。私は、この可愛い犬たちを、チェロリン、チョロリンと名付けました。チョロリンは、どこかにもらわれていき、チェロリンがうちに残りました。

小さな犬の可愛さって表現できないくらいです。チェロリンが産まれてからというもの、私の目にはチェロリンしか映りませんでした(ごめんね、リマ)。そこは小学生です。小さくていたいけなチェロリンとばかり遊んでいました。あっ、それは言い過ぎでリマとも遊びました、時々!

当時の我が家のお風呂は薪をくべて沸かすタイプで、いつも父が、どこからか廃材を調達してそれを斧で縦にふたつに割っていました。で、それをお風呂場の隣にある薪置き場に運ぶんです。私も時々手伝っていました。そんなある日、いつものように父が薪を割っていると、トコトコとチェロリンがやってきて、小さなからだの小さな口でそれを咥えて薪置き場まで運んだんです。なんということでしょう。私は、「お父さん、チェロリンが薪を咥えて運んだー!」と大興奮。

今考えると、そこまで興奮するかあ?犬は賢いからそれぐらいするでしょう、という感じですが(実際昨今は、飼い主のすることを真似する可愛い犬たちの動画がテレビやYouTube上に溢れています)、その時の私には、チェロリンが大事業を成し遂げたかのように思えたのです。それからは、ますますチェロリンが可愛く思えて、リマとの距離が離れていったのです。肉眼ではわからない程度の早さで(遅さで)。ごめんね、リマ。