小学生のある日、父親が知り合いから秋田犬の赤ちゃんをもらってきた。タカヒメという女の子。
小さいうちは、いっぱいじゃれ合って、構ってあげていたが、すぐに大きくなって、自転車で連れていく散歩もおっくうになっていた。当時は、犬の糞を持ち帰るといった社会常識もなく、何度か、「おまえだろう、家の前で犬にクソをさせたのは」と言いがかりをつけられたこともあった。
ある日、タカヒメが車にぶつかってしまった。運転手から文句を言われていた記憶がないので、タカヒメに非は無かったのだと思う。ゼイゼイと息をしながら横たわっていた。獣医さんの見立てでは無理かもしれないとのこと。事務所のソファーに寝かせて、そばに居ることにしたが、本かなんか読みながら、ただ、そばに居るだけ。ときどき、視線を移すとやっぱり苦しそうにゼイゼイ息をしている。おぼろげな眼差しを遠くにやっていた。
２時間ほどだったか、ずっとそばにいたが、さすがにトイレに行きたくなって、離れようとしたとき、よろよろと後をついて来ようとする。「駄目だよ」といって横にさせようとしても、なかなか聞いてくれない。母親を呼んで、なんとか、トイレを済ませてもどったが、さすがにそばを離れにくくなってしまった。結局、そこで食事をして、しまいには、向いのソファーで寝てしまった。次の日（休日だったのだろう）も夕方まで、トイレ以外ずっとそばにいたことになる。なぜか覚えていないが、獣医さんが来られて、タカヒメの診察をやってくれた。「じっとしていたのがよかったのだろうが、奇跡的にたすかるでしょう」とのこと。うれしさもあったが、正直、解放されるとの思いが強かった。
それ以来、以前よりも懐いてくれたというわけでもなく、同じような日々が続いていたが、なんとなく、自分の気持ちがタケヒメに向かうというか、大事な存在になっていった気がする。大学生のとき、親元からタカヒメが死んだとの連絡を受けた。老衰だったとのこと。思い出すのは、事故のときのことと風呂に入れた後、水を切る動作をやられて、こっちがシャワーを浴びないといけなくなったとこのことだった。